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2017/08/17

素描せよ,時間を無駄にしてはならない ―レオナルド×ミケランジェロ展

自分で絵を描き始めてから,人の描いた絵を観る時間が今まで以上に多くなった。特に,素描や原画は本当によく観るようになった。観るというよりも観察するといったほうが近いかもしれない。線の太さ,傾き,影の濃さ,パーツの形や位置,全体におけるバランス,リアルさ,それらをじっくりじっとり見まくる。そして自分の描く絵に反映させたい。うまくいっているかどうかは微妙なとこだが,少なくとも自分の絵との違いは分かる。そもそも描く線が違うのだ。線の太さ,傾き,繊細さ,他の線とのバランス,全体における統合感…線が美しい絵は美しい。私は線が美しい絵が大好きだ。美しい絵はずーっと見ていられる。心を引きつける。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
「少女の頭部/《岩窟の聖母》の天使のための習作」
そんなわけで,三菱一号館美術館で現在開催されている「レオナルド×ミケランジェロ展」に行ってきた(http://mimt.jp/lemi/)。レオナルド・ダ・ヴィンチにミケランジェロ!ルネサンス期の代名詞ともいえる芸術家。彼らの遺した作品,特に素描作品を展示する作品展ときたら,線好きの私には行かないという選択肢はない!

美術館に入り,いざ展示へ…。最初に出迎えてくれたのは,彼らの肖像画と,彼らの素描の代表作とされている顔貌作品である。ここにある写真は,美術館内にフォトスポットとして用意されていた,元の絵を拡大したパネルだが,展示ではもちろん原画が迎えてくれる。どちらも本当に本当に美しい。かれこれ30分以上もこのセクションに滞在してしまった。

レオナルド・ダ・ヴィンチの作品は,金属尖筆で描かれている。細く繊細な線がいくつも組み合わさり,柔らかい女性の表情を作り出す。まぶたの丸みとか,唇のぽてっとした感じとか,絶妙な陰影具合とか,金属尖筆1本でどうやって生み出してるんだ!という感じ。まぶたや鼻や頬骨のところには鉛白によるハイライトがついているが,そのハイライトでさえあるべきところにあるべき分量で載せてあり,今にもこの女性が絵から飛び出してきそうなくらいリアル…。
ミケランジェロ
「《レダと白鳥》の頭部のための習作」
一方,ミケランジェロの作品。こちらは赤チョークで描かれている。レオナルド・ダ・ヴィンチの線に比べ,ミケランジェロの線からは力強さや生き生きとした感じを受けた。それから漂ってくる温かさ。レオナルド・ダ・ヴィンチの上の絵からは,繊細なのにどこか冷たい感じを受けた。これは描いている道具から来る違いなのかもしれないが…。私はこの絵の,鼻の頭や目元,耳のフォルム,陰影の感じ,布の感じ,左下の絵に描かれたまつげにとても惹かれる。顔周りや頭部周りに,試行錯誤した跡のようなものがあるのもなんかいい。

ミケランジェロ
「背を向けた男性裸体像」
展示してあったのは顔貌だけではない。解剖学にたしなみ,人の身体に精通していた彼ら。彼らが生み出した素描の人体は恐ろしいほどよくよく観察されたものである。なぜそこまで見えるのか,そして正確に描写できるのか,知りたくてたまらない。リアルな描写に彼らの考える美が足された素描は本当に本当に美しい。なかでも私が気に入ったのがこの1枚(原画はすべて撮影不可のため,図録の絵を撮影)。筋肉,骨格,身体のしなり,おしりのフォルム…男性の身体美があますところなく描かれ,惚れ惚れする。もはや感嘆のため息しか出ない。

素描以外にも印象に残ったものがある。それは,レオナルド・ダ・ヴィンチの鏡文字満載の手稿と,ミケランジェロ―カヴァリエーリ間でなされた愛情あふれるお手紙。イタリア語はさっぱりなので何が書いてあるかは解説・翻訳に頼るしかなかったのだが,レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿からは,彼の細かさというか緻密さ,それから探究心がにじみ出ている。というのも,天体や武器,馬の鋳型の作り方など多岐にわたって細かく絵入りで書き留めているからである。お手紙のほうは,なんともほほえましいものであった。なかなか返事をくれないミケランジェロにカヴァリエーリが小言を言って…という前置きの元,ミケランジェロがカヴァリエーリに送った手紙とそれに対するカヴァリエーリからの返事が展示されていた。ミケランジェロのちょっと必死になっている感じ,焦っている感じが内容に表れていたように思う。カヴァリエーリはそんなミケランジェロの言葉をおおらかに受け止め慕う,という感じだろうか。こんなふうに言葉を尽くして愛を伝え合える関係はいいなと思う。

ところで,本記事のタイトルの「素描せよ,時間を無駄にしてはならない」は,ミケランジェロが弟子のアントニオに言った言葉として残っている。レオナルド・ダ・ヴィンチもまた,素描を大事にしていた。「画家はまず,優れた師匠の手による素描の模写に習熟しなければならない」といった言葉を残している。私自身絵を描き始めて感じたことだが,デッサンは本当に難しい。モティーフのデッサンや写真や絵の模写など鉛筆と消しゴムだけで600枚近く小さい絵を描いているが,自分の気に入る線を引けていない。ミケランジェロも「素描せよ」と言っている。素描を続け,いつか自分の納得のいく線を引けるようになることに期待したい。