エリクソンは、人間の一生を8つに区分し、それぞれの時期にクリアすべき課題(発達課題)があるとした。人間は環境との相互作用の中で生きている。つまり、個人の欲望と社会や文化から求められることの間で葛藤、緊張しながら生きている。その葛藤や緊張が発達課題である。各時期に適した発達課題をクリアすることで、健康的な精神の発達が促されるが、ある段階の発達課題をがクリアできないときには、次の段階の発達課題の解決にも支障をきたすとされている。
それでは、各時期の発達課題についてみていく。
①乳児期
不信感を克服し、「基本的信頼」を獲得することである。生まれたばかりの子は一人では自分の欲望を満たすことができない。泣いて周囲にいる人にごはんやトイレなど、何かを要求する。このとき周囲にいる人たちが子どもの要求に適切に応えるとき、基本的信頼が獲得される。そして人格形成の活力となる「希望」を得る。
②幼児前期
恥や自分の能力への疑惑を克服し、「自律性」の獲得である。幼児前期に子どもは言葉を話し始め、歩くことができるようになるなど、言語能力や身体機能が著しく発達する。それに並行する形で自我が芽生え始める。子どもの欲求に合わせていろいろな経験をさせ、「できる」という感覚を得させることで発達課題をクリアすることが可能となる。そして、「意志」をもつことの基盤が養われる。
③幼児後期自分の行動への罪悪感を回避し、「自主性」を身につけることである。幼児後期の子どもはできることが多くなり、遊んだり、幼稚園・保育園に通ったりして他者との関わりが増え始める。そのような状況の中で子どもはいろいろなことに挑戦しようとし、と同時に親など周囲の大人からのしつけを受ける。そして、分別を身につけながら自分に対する自信を抱き、自主性を獲得していく。そして、めざす方向性をもちそれに向かって進む「目的性」が培われる。
④児童期
劣等感を克服し、「勤勉性」を獲得することである。児童期のハイライトは学校生活が始まることだ。学校では新しいことを日々学び、友人関係を築くことが求められる。自分の能力を他人と比較したり、自分が友人たちの中でどのくらいに位置しているのか、といったことを考える機会にさらされる。自分への自信を高め、肯定感を得るためにも「勤勉性」の獲得が求められる。勤勉性を獲得し、自分の能力の向上を体験することで、「有能感」が養われていく。
⑤青年期
「自我同一性(アイデンティティ)」の確立である。青年期には体の二次性徴が進む、自分の進路について決断する、親からの独立など、1人の自立した人間として生きていくためのいろいろな出来事が起こる。その中で、自分はどういう人間なのか、自分は今後どうしたいのか、など、自己への関心が強まり悩む時期でもある。自分のめざす自分と、他者から求められる自分の統合を図り、自我同一性を獲得することが求められる。アイデンティティの確立により、自分の選んだものに「忠誠」をつくす能力を獲得する。
⑥成人前期
「親密性」を獲得し、孤立を回避することである。成人前期は生活環境が大きく変わる時期でもある。学校生活が終わりを向かえて職場で働く、結婚して家庭を持つなど、人生において大きな出来事を経験する時期でもある。人生のパートナーや親友との関係を通して親密性を得ることで、「愛」を学び、与え、獲得する。
⑦成人期
次の世代に何かを残す「生殖性」を獲得することである。成人期は社会、職場、家庭の担い手となるときである。これまで主に自己に向かっていた関心が社会や次世代へと向かう。子どもを産み育てることをはじめ、職場で部下を育てること、後世に何らかの作品を残すことなどを通して発達課題をクリアし、「世話」する力が培われる。
⑧老年期
絶望感を克服し、自分の人生を「統合」することである。老年期は、身体の衰えを感じたり、仕事において第一線から外れるなど、自分や生活環境の変化を体験する時期である。また、死を迫ったものとして認識する。自分のこれまでの人生や、受け継がれていく生命の中での自分の命を受け入れることが求められる。そして、人生の集大成として「英知」を得る。
以上がエリクソンの唱えた発達論である。私はエリクソンの理論は魅力的だと思う。精神の発達を、社会に生きる存在という文脈の中に位置づけていること、そして生きる中での葛藤を通して精神が発達していく、としているからだ。人間が生きることは社会と関わることである。社会と関わりながら生きている以上、悩みや困難もある。しかし、それを克服することで一段階上のレベルにいける…エリクソンの理論には人生への希望を感じるし、自分のこれまでの経験とも重なり、リアリティを感じる。