とはいえ、私の場合人と外食するときの支払いは、割り勘又は相手が私より多く支払ってくれる、がほとんどである。本当にありがたいと思う。と同時に三十路手前になっても「今日は私がおごるね!」と言えない自分がちょっと恥ずかしい。先日読んだ英作家モームの短編「The Luncheon」(http://goo.gl/994ZSV)の主人公はその点潔い。若き小説家の主人公にファンレターを送ってきた女性の希望に応え、パリの格式あるレストランでその女性と一緒に昼食を食べることにするのだ。もちろん主人公のおごりで。しかしこのランチは主人公にとってとんでもなく冷や汗ものとなる。この女性、「私昼食は1つの料理しか食べないことにしているの。でも~は別よ。」と言いながら旬の食材や高級食材を使った料理を次々とオーダーし、出てくる料理、飲み物をどんどん平らげていくのである。
モームは自身の小説「アシェンデン―英国情報部員のファイル」中で、小説家には2つのタイプがいる、と述べている。1つは事実を淡々と書いていくタイプ、もう1つは事実を元にしつつも適宜創作して意図的に盛り上げ場面を作っていくタイプ。モーム自身は後者であるとのこと。この短編もそのように書かれているのだろう。設定や主人公の心理描写が巧みで、読んでいるとありありと情景が浮かんでくるし、実際にこんなこと起こりそうである。しかし同時に話の流れが明確で短編全体を通して冗長性を感じない。作りこまれた喜劇、という印象を受ける。私にとってのこの短編のいちばんの面白さは、主人公と女性がランチを巡って交わす会話とその時の主人公の心理描写だ。言っていることとやっていることが裏腹であっけらかんと食べ続ける女性と、支払いを気にして今にも気絶しそうな主人公との掛け合いが面白い。読んでて笑いが止まらなかった。主人公の間合いの取り方や皮肉から女性は終始何も察さず、オーダーを続けるのである。察してほしい主人公の気持ちと行動に共感しつつも、ことごとく叶わず食事が進んでいく様子はとても可笑しい。
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ちなみにこの短編にはオチがある。私はこのオチにさほど笑えなかったが、オシャレさ漂うオチである。
追記
日本語訳はこちらに収録されている模様。「モーム短篇選〈下〉」