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2015/03/30

読書記 ホメロス「オデュッセイア」

今年度教養科目の1つとして大学で開講されていた「西洋古典学」。世界最古の文学とされているホメロスの「イーリアス」(紀元前7世紀ごろ)を解説する授業だったのだが、最初の授業を受けてみたらけっこうおもしろくて、結局最後の授業まで聴講してしまった。授業がおもしろかったのは、「イーリアス」そのものというよりは、担当の先生によるところが大きい。彼のキャラクターと、彼の古代ギリシャ文学への愛がこんこんと伝わってきたことが、この授業が印象に残っている所以だろう。

「イーリアス」はトロイア戦争での英雄たちの活躍などを描いた叙事詩なのだが、授業で断片的に扱った箇所の内容が分かりづらくて、「イーリアス」を最初から最後まで読み通そうという気が起こらなかった。分かりづらかった理由は、登場するカタカナ名があまりにも多いことと、訳だと思う。結局「イーリアス」を読み通す代わりに映画「トロイ」を見た。(「トロイ」は「イーリアス」をベースにして作られた映画だが、相違点が多々あるとのこと。)「トロイ」、とても面白かった。

せっかくギリシャ文学の世界に触れたのに、「トロイ」を観て終わりというのもなんだかな~と思ったので、ホメロスのもう1つの叙事詩「オデュッセイア」を読むことにした。「オデュッセイア」は、トロイア戦争で活躍した知謀に優れるオデュッセウスが、戦地から漂流しながら(10年かかった)自宅に戻り、元のような生活を取り戻すまでの物語だ。「イーリアス」同様、「オデュッセイア」も吟遊詩人ホメロスによって聴衆に語られた話である。「イーリアス」での教訓を生かし、カタカナ名の多さに耐えることと、別の人の訳本を使うことで最後まで読み通した。相変わらずカタカナ名の多さには辟易したが、「オデュッセイア」、すごい作品だと思う。

「オデュッセイア」に魅力を感じたのは、まずその物語の構成である。文庫本上下巻で700Pくらいになるけっこう長めの話だが、大きく分けると、オデュッセウスのいない生活、オデュッセウスの漂流記、帰ってきたオデュッセウス、の3つに分けられ、漂流記を、オデュッセウスの家があるイタケにおける話で挟む入れ子のような構造になっている(と思う)。漂流記はそれだけでもそれなりに楽しめるが、その前後にイタケでの話が結びついていることで作品に厚みが増していて、二重に楽しめるようになっている。構成もさることながら内容も凝っている。
もったいつけているとも言えるかもしれない。とにかく話の山場になかなかいってくれない。山場的な場面はいくつかある。このあと劇的な展開が訪れることは確実なのに、巧みに引っ張っていてじれったい。聴衆の期待を高める効果があったとされているが。また、ギリシャの神々と人間の関係性も読んでいて面白い。神はちょくちょく人間の前に現れ、互いに話をする。人間と神々が近い距離感で共生している一方、神は人間の運命を操作する。神の意向に沿わなければ、神が許さなければ人間の願いは叶わない。だから人間は神から味方してもらうべく生贄を捧げて願うし、願いが叶えられれば盛大にお礼をする。また神は、ひいきにしている者を全力でサポートするが、恨みを買ってしまえば苦難に陥れられる。神同士の利害や企みも人間に降り掛かってきたりする。神に惑わされ、ときには神を惑わす人間が描かれている。

ホメロスはどんなふうにこの話を紡いでいたんだろう。情感たっぷりに話していたんだろうか。それに、当時どんな人がこの話を聴いて、どんなふうに受け止めていたんだろう。娯楽の1つだったんだろうな…。などとぼんやり思っていたら、日本の琵琶法師が浮かんできてしまったので、ホメロスを表した美術作品を添付して終わりにしようと思う。

日本語版ウィキペディア「ホメーロス」(http://goo.gl/YMPSGt)より
オーギュスト・ルロワール『ホメーロス』(1841)
フィリップ=ローラン・ロラン『ホメーロス』(1812)



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