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2014/08/17

心理学はどこから来たのか

心理学は守備範囲が広い。世の中にたくさんある「○○心理学」は、それぞれ似ているようでちょっとずつ違う。数年間心理学を学んできたが、私の中ではどうも「○○心理学」の諸理論が断片的に入っているだけで体系だっていない。そこで、心理学はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、を何回かに分けてちょっとまとめておこうと思う。

心理学とは、心(精神)の営みとそれに基づく行動を研究する学問である。心理学の成立は1879年と言われている。場所はドイツ。医学と生理学を学んだヴントは、自身が教鞭をとるライプツィヒ大学に「心理学実験室」をつくり、ゼミナールを始めたときだ。ヴントが興味を持ったのは、「人間は外部からの刺激をどう認識するのか」ということ。ヴントはそれを実験によって観察し、分析しようとした。人間に外部から刺激を与え、外に出る反応を計測し、そのとき被験者がどんなことを感じたかを語ってもらう「内観法」という手法で解こうとした。ヴントは、刺激―反応という認知体系を統括するものとして、「統覚」という心的過程(つまり意識)を考えていた。
ヴントの始めた心理学は生理学から派生したものだ。ルネサンス以降、人間や動物の解剖が行われるようになり、生物学や医学が発達した。ドイツでは19世紀、医学・生理学の研究がさかんに行われていたという背景がある。

一方で心理学は哲学の土壌で育ってきたものでもある。医学・生理学分野からよりも、哲学からの系譜のほうが歴史が長い。古代ギリシアでは、アリストテレスが「霊魂論」の中で霊魂の性質や機能を明らかにしようとし、中世時代にはデカルトを始めとして、「認識」についてさかんに議論されるようになる。哲学において投げかけられた心に関する問いや説は、未だにはっきりと解明されていないものが多々ある。例えば「心とはなにか」「心はどこにあるのか」などの、心そのものに関する問い。現在でも心の哲学とよばれる哲学分野で議論されている。また、17世紀頃から西洋哲学で起こった、合理主義VS経験主義は心理学でも展開され、生まれか育ちか論争(人間の性格は生得的なものなのか、経験によるものなのか)も未だに続いている。

心理学に話を戻そう。ドイツで心理学が始まったころ、アメリカでも人間の意識に関する研究が始まっていた。ジェームズは、1890年に「心理学原理」を発表、意識を環境に適応する手段の一つと捉え、その目的や効用を明らかにする機能的心理学を提唱した。扱うのは、習慣や注意、記憶などの現象。機能的心理学は、ダーウィンの進化論の影響を受けている。アメリカでは、ドイツで見られるような実験を使ったアプローチではなく、理論的アプローチがとられていた。
機能的心理学はワトソンによって、行動主義へと移行する。ワトソンは意識とそれに伴う主観的言語を排除して、行動から心理学を研究する立場をうちたてる。ワトソンの提示した行動主義の代表的な特徴は、S-R主義、環境主義である。人間の内部で行われる心的過程を排除し、刺激と反応の結びつきにすべてを還元する。また、生後11ヵ月のアルバート坊やに実験によって恐怖反応の条件付けを行い、本能でさえも後天的に条件付けられた反応であるとした。

初期の心理学でもう1つ忘れてはならないのが精神分析の系譜である。19世紀末~20世紀にかけて、オーストリアの医師フロイトが始めた。フロイトによって「無意識」の概念が生み出される。自身によって意識されない領域にこそ、神経症患者の行動のキーがあると考えた フロイトは患者に自由に話してもらう自由連想法を通じて患者の無意識に近づき、無意識に抑圧された記憶(性的幻想を含む)を患者が自覚し、言語化されることで病気が改善すると考えた。フロイトは心は、超自我(良心、道徳的禁止機能)―自我(心的葛藤の統制)―エス(本能的欲望)から成るとした。

生理学からの、刺激に対する反応とその心的過程を捉えるというアプローチ、客観性を重視した行動主義、心を病んだ人を治療することから始まり、心の構造を理論化した精神分析、これらが心理学成立期における心理学の潮流である。

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