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宇宙で生きる😎🌏🌠 感じたこと,考えたこと,学んだことを ぽつぽつと。 語学,旅,脳,久保みねヒャダ,エレメンタリー ホームズ&ワトソン,戦国,信長,ヴィクトル,ユーリ!!! on ICE,読む,線画が好き。 認知・思考の仕組みが気になる。 新聞記者,英語講師経験あり。 1986生まれ。

2016/12/25

クリスマスと恋愛と

オンライン英会話のときに,この記事(https://goo.gl/FFIc94)が話題になった。あるウェディング関連のポータルサイトが,「クリスマスイブだけの相手」について20-39歳の女性253人に調査したところ,39.5%の人が,たとえその人とはもう二度とデートしないと思っていても,誘いがあればその人とのクリスマスイブデートに応じるということであった。調査をしたところが結婚関連のポータルサイトだから,きっと恋愛に積極的な女性が集まっていることと推測する。私だったらどうするだろうか。

そんなことを考えていたら,ふと記憶がよみがえってきた。数年前,大学の友人たちとの飲みの席で頻繁に話題になっていた,「明確な好意を感じていない相手とデートするか」問題である。友人たちは,明確な好意を感じていなくてもデートする派で,私は明確な好意を感じていなかったらあまりデートしたくない派であった。デートする派の理由としては,デートしたら相手のことをもっと知れるし,それでもしかしたら好きになるかもしれない。相手のことをよく知らない状態でこの人はダメとしてしまうのはもったいない。そんな感じであった。あまりデートしたくない派の私の理由は,好意を感じていない人と楽しく過ごせるのかという不安,であれば他のことに時間使ったほうがいいよな,という気持ち,さらには,一緒に過ごしてもあまり好きになれなくて,でも相手は好いてくれているとき,私は流されずにいられるのか?(これは過去の恋愛経験に由来する)といったことであった。当時の私が考えていたことをこうやって書いてみると,なんというか,独りよがりで恥ずかしい。デートの現実を無視しているし,相手の視点が抜けている。今思えば,当時の私は,デートと付き合うことを同じととらえていた。なんというか,デートするから付き合うし,付き合っているからデートする,みたいな感覚である。下手に真面目というか,警戒しすぎというか,余計なことを思い込みすぎというか。それじゃ彼氏できないよとさんざん批判されたが,まぁ,それもそうだろうと思う。機会損失になるのだから。とはいえ,私のようにデートしない派でシングルでない人もいることを思えば,つまるところどっちであってもあまり関係ないのだろう。決まるときは決まるということなんだと思う。ちなみに今は,デートすることは互いのことを知っていくプロセスだととらえている。私がその人に好意を持とうが,その人が私に好意を持ってくれていようが,そのプロセスの中でどちらかが合わないと感じればさよならする。それは付き合っていてもいなくても変わらない。

で,最初の問いに戻って結局私だったらどうするのか。やっぱりしないだろうなと思う。そもそも二度目のデートはないと思っているということは,その人に関心がなく,自分が求めているものを持っていないと判断した状態であろう。確かにデートして新たな発見があったり好意をもったり,ということはあるかもしれない。でも,自分の中で終了している気持ちをあえて呼び起こすこともないよな・・・と私は思うほうだ。

この調査は,クリスマスイブのデートに限定しているが,クリスマスイブでなかったら,YESと回答した40%弱の人はデートの誘いには応じるのだろうか。応じないとしたら,クリスマスマジックみたいなものなんだろうか。クリスマスと恋愛は切り離せないような雰囲気が巷にはある。私もその風潮に大いに煽りを受けて生きてきた。クリスマスといえばカップルの一大イベント,シングルの人間にとっては,それまでに相手を見つける!とか,相手のいない者は共に寂しさを分け合うとか,そんな話ばかりが耳に入ってくる。それで余計に寂しくなったり,敗北感を感じたりということのを経験してきた。にしても,どうしてこうもクリスマスと恋愛は結びついているんだろうか。

クリスマスにシングルであろうがなかろうが,年を重ねてどうでもよくなってきた。彼がいてもいなくても,楽しい時間になることもあるだろうし,つらい時間になることもあるだろう。相手がいるかいないかだけで左右されるものではないよなと思う。

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