音楽を事前に聴くと,その後の作業によい影響が及ぶことをモーツァルト効果というらしい。発端はRauscherら(1993)の論文に発表された研究。被験者に,モーツァルトの曲「2台のピアノのためのソナタ」を10分間聴かせたら,リラックス効果のある音を聞かせたグループや何も聞かせなかったグループよりも,その後に解かせた空間的推論課題で好成績を収めたことから,モーツァルト効果と呼ばれるようになったのだとか。ちなみにこの効果は,音楽を聴いて10-15分で消失するとされている。音楽を聴くことが作業パフォーマンスにどんな影響を与えるかの研究はその後もされていて,辛島ら(2012)によれば,作業者がやる気が向上すると期待できる音楽を聴く→作業者のポジティブ感情UP→作業効率や精度が向上というデータが出ており,山下ら(2016)の研究では,作業前に音楽を聴くことが,その後の作業を楽しい,面白い,作業時間を短いと感じさせ,その後の課題成績が上がることを示している。被験者に聴かせる音楽は,辛島ら(2012)では,この曲を聴くとやる気が向上するとして被験者が選曲した曲,山下ら(2016)では,作業遂行に適した曲として被験者が選曲した曲と,実験者が選曲したクラシックの曲とインストゥルメンタルの曲だった。聴かせる時間はどちらも15分間である。
たしかに音楽を聴く→ポジティブ感情UP,というのはよく経験する。例えばテレビを見ていて曲が流れる。アップテンポの曲が流れるとなんとなく楽しい気分になるし,90年代J-POPが流れればカラオケに行きたくなる。最近週1で行っているジムでは,常にJ-POPか洋ROCKが流れていて,それを聞いているとなんかやる気になってくる。でも逆に,音楽を聴く→ネガティブ感情UPというのは,あまり聞いたことがない。曲を聴いていたら悲しい思い出や辛い思い出を思い出しちゃってとか,歌の歌詞が悲しいとかで気分が沈むというのはもちろんあるだろうが,曲を聴いただけでなんとなくポジティブな気分になるように,曲を聴いているだけでなんとなくネガティブな気分になったことはこれまでになかったように思う。高校生のとき,失恋してもっと泣きたいと思って,聴いたら悲しくなりそうな曲をいくつか集めてリピートしていたことがあったが,思った以上に気分は変化せず,泣けなかったことを思い出した・・・。私の感覚では,悲しい旋律の曲を聴いてもたいてい気分は現状維持,もしくはほんの少しネガティブに振れるか?くらいだ。
ところで,ポジティブ感情UPにより,その後の作業によい影響を与えることが辛島ら(2012)や山下ら(2016)の論文で実証されているが,感情以外に,集中力が高まった結果作業パフォーマンスが高まったというのも考えられるんではないだろうか。実験室という日常場面よりも少し緊張する環境で意識的に曲を15分聴くわけだから,音に集中していると考えるのが自然である。で,その状態で,つまり作業にかかる前の段階で集中を喚起された状態で作業を始められるので,それが作業への準備/助走のような役割を果たし,作業への取りかかりもスムーズになり,パフォーマンス自体もが上がるんではないだろうか。実証しないことには憶測にすぎないが。
参考文献
Frances H. Rauscher, Gorden L. Shaw, Katherine N. Ky 「music and spatial task performance」 (https://goo.gl/p13t4C)
辛島光彦,西口宏美 「単純繰り返し作業における作業前音楽聴取の有効性に関する研究ー転記作業と心的回転作業を例にー」 (https://goo.gl/IUXmQG)
山下利之,渡辺美帆,小俣世菜,大田安彦,北澤伸二,鈴木優太 「BGMの知的作業に対する心理的効果」 (https://goo.gl/fL2hmL)